くろログ

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【映画】『ペンギン・ハイウェイ』感想・評価(ネタバレあり)

原作は森見登美彦の同名小説。

森見登美彦の作品で映像化されているのは、『夜は短し歩けよ乙女』や『四畳半神話大系』、『有頂天家族』などがあるが、どれもまだ見ていない。

森見登美彦の独特の文体と不思議な世界観が好きで小説は読んでいるが、好きなだけに映像化されたものを見て、「もしその世界観が壊されてしまっていたら・・」と考えてしまい見れていないのである。

『ペンギン・ハイウェイ』は森見登美彦作品の中でも、森見登美彦テイストが薄いと感じる。手始めにここから見てみようと思った次第である。

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あらすじ

小学四年生のアオヤマ君(声:北香那)は、1日1日、世界について学び、それをノートに記録する。利口な上、毎日努力を怠らずに勉強するので、大人になったときにどれほど偉くなっているのか、見当もつかない。そんなアオヤマ君は、通っている歯科医院の“お姉さん”(声:蒼井優)と仲良し。“お姉さん”は大人びた賢いアオヤマ君を、ちょっと生意気なところも含めて可愛がっていた。そんなある日、アオヤマ君の住む郊外の街に、ペンギンが出現する。海のない住宅地に突如現れ、そして消えたペンギンたちは、一体どこから来てどこへ消えたのか……。その謎を解くため、研究を始めるアオヤマ君。そして、“お姉さん”が投げたコーラの缶が、ペンギンに変身するのを目撃する。ポカンとするアオヤマ君に、笑顔のお姉さんは告げる。“この謎を解いてごらん。どうだ、君にはできるか?”“お姉さん”とペンギンの関係とは……?そして、アオヤマ君は謎を解くことができるのか……?

出典元:MovieWalker

感想

少年の成長と恋

物体をペンギンに変えることのできるお姉さんと、頭がよく努力家でもある少年アオヤマ君のお話。アオヤマ君は結婚相手をそのお姉さんと決めている。

アオヤマ君は「なぜお姉さんが物体をペンギンに変えることができるのか」という謎について解き始める。お姉さんの能力やペンギンだけでなく、森を抜けた先の草原にある<海>やジャバウォックなど、不思議なものや現象が起きる。それらは一見まったく関係のない別々のものかと思われたが、アオヤマ君はお父さんやお姉さんの知恵や助言を受け「実はすべてがつながっていて、結局問題はひとつなのでは?」という仮説を立てる。その仮説を用いればこれまでの不思議な現象すべてに説明がつくが、アオヤマ君にとって、またお姉さんにとっても不都合な事実に気付いてしまうのである。

その事実とは、問題が解決するとお姉さんがいなくなってしまう、というものだ。

アオヤマ君は頭脳明晰で、自分でもそれは自覚している。何でもできると思っているし、実際大抵のことは(小学生なりに)できてしまう。ただ、お姉さんがいなくなってしまうということに対しては無力なのである。問題を解決しないままにしておくことはできない。アオヤマ君にとって自分の力ではどうしようもないのである。

実際に問題が解決したあと、お姉さんはいなくなってしまおうとする。

常に冷静を保とうとしているアオヤマ君もこの時ばかりは涙を見せる。実際にはお姉さんが「泣くな、少年」と言い、アオヤマ君が「ぼくは泣かないのです」と言い返すだけなのだが、実際には泣いているはずだ。本当に好きだった人に会えなくなってしまうのだ。泣かないわけがない。

アオヤマ君は最後に「ペンギン・ハイウェイをたどっていけばもう一度お姉さんに会うことができると信じている。これは個人的な信念である」と言っています。少年アオヤマ君にとってはこのときの無力感が成長につながっていくんですね。

ちなみにアオヤマ君は恋愛には疎い。ウチダくんやお姉さんが気づいている、スズキ君のハマモトさんへの想いも一人だけわかっていなかったし、ハマモトさんが自分を好きでいてくれていることにも気づいていない。恋愛以外のことであればノートに事細かく分析できるが、自分のお姉さんに対する恋心については、まったく分析できておらずうまく表現できていないのがノートにも表れている。お姉さんの家に行った際にお姉さんが寝てしまった時のことをノートに書いているが、「お姉さんの顔、うれしさ、遺伝子、完璧」とだけ書いてあるのである。この辺りは小学生らしさが出ているということだろう。

原作との違い

物語の大筋において原作と映画の違いはない。

細かい違いは多々あるが、2時間の映画に収めるため等で変えたものと考えられる。

例えば、映画ではプロジェクトアマゾンをウチダ君ひとりで続けていたが、原作はスズキ君一派が半分解明していた。スズキ君たちが<海>のある草原にたどり着いたことで川がつながっていることに気づいたのである。

また、<海>の性質もあまり映画では描かれていなかった。映画で出てきたのは1シーン、お姉さんがペンギンを近づけたシーンのみだったが、原作ではプロミネンスやその他現象に名前までつけていたりする(映画でもアオヤマ君のノートには現象名の記載はあった)。光を曲げる現象やスズキ君が<海>に接触して過去に戻ったことも映画には出てこない。

ひとつだけ映画で再現したほうがよかったと思った箇所がある。アオヤマ君の飲むコーヒーのシーンだ。原作ではアオヤマ君がコーヒーを飲むシーンが何度か登場する。最初はまだブラックで飲む訓練中ということで砂糖を入れている。一方、一連の騒動の後、お姉さんがいなくなった後は砂糖を入れずに飲んでいる。つまりアオヤマ君が大人へと一歩成長したということの隠喩であろう。映画の中では、最初の方に家でお父さんにチョコを渡されたときコーヒーをブラックで飲んでいる。中盤あたりではお父さんと車で喫茶店に行った際にミルクを入れたコーヒーが映る。砂糖が入っているかは判別できないが、ブラックでないことは確かである。映画においてはコーヒーは特に何も意味していないようである。(最初に家でコーヒーを飲ませた意味は何だったのだろうか??)

漫画や小説を原作とした映画については、少なくとも自分としては、その漫画や小説のファンであればあるほどその世界観を壊されたくないという思いから否定的になってしまう。そういう意味で森見登美彦ファンとしてあまり期待しないで見たのであるが、世界観はそのままに、むしろより良いものに仕上がっているように感じました。特にそう感じたのが、終盤の<海>のなかに突入するシーン。原作では歩いて入っていきますが、映画ではペンギンに乗って突入していきます。この疾走感あふれる映像は映画ならではという感じでよかったですね。

真理

怒りそうになった時の対処法をアオヤマ君が教えてくれている。 

怒りそうになったら、おっぱいのことを考えるといいよ。

そうすると心が大変平和になるんだ。

もうこれは真理にほかなりません。 

実践してみましょう。

 

おわりに

お姉さんの家の本棚に森見登美彦の『竹林と美女』が映ってます。(現実では『美女と竹林』ですが。)こういうのがあるので映画に出てくる本棚を見ちゃいますよね。

そういえば、映画予告の「走れ、アオヤマー」って言いながら缶ジュース(この時はもものジュース)を投げてる箇所、声とシーンが違いますね。声は学校から抜け出したあと捕まりそうになった時のスズキ君ですね。お姉さんは「アオヤマ」とは呼ばないで「少年」と呼びますし。(ちなみにお姉さんの声、なんかちょっとおばあさんっぽくて多少違和感を感じました。)

「走れ、アオヤマー」は予告の1分11秒当たり↓

総合的には、森見登美彦作品のほかの映像作品も見てみようと思えるくらい、見終わりがすがすがしくて良かったです。