高天神城に行ってきました。
高天神城の歴史
16世紀初頭に今川氏の家臣が城代として駐屯したとの文献が残っている。
武田信玄が三河の徳川家康と同盟して駿河侵攻を開始し、これにより今川氏は滅亡。
当時の城代であった小笠原氏は徳川家の家臣となったが、まもなく武田・徳川は敵対関係に入り、駿河・遠江の国境近くにある高天神城も攻防戦の舞台となった。
信玄の死後、息子の勝頼が落城させ(第一次高天神城の戦い)、武名を大きく上げた。
しかし第二次高天神城の戦いでは徳川家康の兵糧攻めに遭い落城。
落城後は廃城となり、城郭として整備されることはなかった。
城の山頂に高天神社があったために、山自体は地元のシンボル的存在としての役割を継続することとなった。
高天神城の場所・アクセス
アクセス | 掛川駅からしずてつジャストライン掛川大東浜岡線「浜岡営業所」行き、または「大東支所」行きで約25分「土方」下車徒歩15分 |
料金 | - |
営業時間 | - |
休業日 | - |
スタンプ設置場所 |
大東北公民館(9:00~17:00、月曜・年末年始休み) |
※2018年9月現在
高天神城訪問記
まずは、100名城スタンプを押すため、大東北公民館を目指します。
掛川駅北口のバス停(のりば3)から大東支所行きのバスに20分ほど乗り、大東北公民館前で降りる。料金は470円。
その名の通り大東北公民館のすぐ前のバス停なので、降りてすぐ公民館があります。
中に入り、出てきた職員の方に100名城のスタンプの場所を聞くと快く教えてくれた。
スタンプを押したあと、今から城に行くことを伝えると地図とパンフレットまでもらえた。
おまけに途中の目印や行き方まで説明してくれる。
ありがとう、親切な職員さん。
時間があるなら追手門から入り、搦手門から帰ってくるのがよいということなので、職員さんのアドバイスの通りのコースで行くことにする。
ちなみにもらった地図はこのようなルート。
Aの大東北公民館をスタートし、B追手門→C高天神城→D搦手門を通って戻ります。
(帰りは行きとは違いE土方からバスに乗って帰ります。)
A大東北公民館からB追手門までは徒歩で20分くらいです。
途中の曲がり角には看板も出ており、迷うことなく行けます。
たんぼと茶畑の中を進んでいきます。
あのちょっと高いところが高天神城かな?
案内図も出てました。あと300メートルで追手門!
着きました。
ここが入り口である追手門です。
追手門を入り、山を登っていきます。ハイキングですね。
標高132メートルほどの山ですが、追手門からの道は結構な急斜面で息が上がります。
ちなみにこの高天神城、心霊スポットとしても地元では有名なようで、自分以外に人がいない中それを思い出してしまい、足早に上まで登りました(笑)
10分くらいで三の丸に到着。
休憩できそうな場所とトイレもありました。
続いて本丸。
本丸から下って、高天神社のある西の丸。
高天神社の左脇を抜けていくと、馬場平にでます。
眺めが最高です。
馬場平には、第二次高天神城の戦いで徳川軍に落城させられた際に、軍監である横田甚五郎尹松が脱出した甚五郎抜け道があります。(犬戻り猿戻りとも言うそうです)
馬場平から途中二の丸に寄って、搦手門まで進みます。
二の丸付近の堀切がすごい。難攻不落の城と言われたことだけのものはあります。
搦手門付近から下ってきた道を見上げる。
搦手門には、杖として使う木の棒が置いてありました。
それだけ急峻だということですね。
搦手門の方には駐車場があるので、車で来られる方は搦手門から登っているようでした。
搦手の方から見ると、こんな感じです。
帰りは、土方バス停から帰ります。
日曜日のバスは大体45分間隔。
あと10分でバスが来る時間だったので、ここで無駄に45分は待てないと思い、ダッシュでバス停まで走りました。
普通に歩けば15分程度かな。
城に入ってしまえば木も生えており木陰なんですが、行き帰りのバス停までの道は日光を遮るものがないので、結構きついです。汗だく。
無事バスにも乗れ、掛川駅まで戻ります。